物置き

2019/7/18

たみは木造二階建てで、大浴場と呼ばれる部屋に、物置きがある。2012年に開業したときに、前の持ち主の私物の中でも、まだ使えそうなものを大事にとっておいたり、これまでのいろいろな行事で残ったり、買ったりした、捨てられないものも、よくわからない素材も、物置きにある。倉庫っていうか、歴史が垣間見れる物置き。

新しいスタッフが入ってきて、何がどこにあるかわからないので目的ごとに整理することになった。「これはどうしますか?」とひっぱり出してきては、「これはいつか、こんなことがあってね。」と話をする。欲しい人がいたら譲るようにするが、たみにあるものは大体壊れていたり、使えないものなので「これはどうしますか?」と聞かれるたびに、一体なにを集めてきたのか、毎回考えさせられる。

ゴミ処理場に荷物を運んだあとも、すっきりしたことはわかるが、ここに何があったっけな?と、住人さえも錯覚に陥るほど風景化する。たみは見えないところで、どんどん風化し、更新されている。以前ここに訪れたのは、つい最近のことのように思えるけど何年前だっけ? すごく久しぶりなのに親友みたいに話ができる。とリピーターは言う。たみは変わってることももちろんあるけど、変わらないのがいいよね。って伝道師がいつか言ってた。時間がループするたみの威力。

ずっと同じだとおもってる町も刻一刻と変化する。関係性も、風景も、人も。劇的な変化が起きるほどではないけど、ゆっくり時間をかけて気づかれないように変化している。たまにくると、それがわかる。変化がわかるからって、なんなんだと思うが。たとえば、いつもとおる道で、サボテンがあるとき花を咲かせて、一夜にしてしぼんだことを知ってるかどうか、とか。ある日めちゃくちゃ大雨が降って、池が氾濫しそうになってドキドキして過ごすこととか。立ち話をしていたおばあちゃんがこの町に居たこととか。形あるものが壊れて、直せるものもあれば、直らないものもあって、なんらかの形で消えていくような情景。それを変化として、わかるっていう実感は、何か、ぐっとくるものがあると思うんです。
(J)

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